大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(ネ)457号 判決

控訴人 八木定雄

被控訴人 日本炭業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人より控訴人に対する東京地方裁判所昭和三十年(ヨ)第一一〇一号不動産仮差押決定及び同年(ヨ)第一一〇二号有体動産仮差押決定はいずれもこれを取り消す、被控訴人の右各仮差押申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、認否、援用は、被控訴代理人において、「被控訴人が自称『北区王子一丁目十九番地に本店を有する八木興業株式会社(代表者控訴人)』に売り渡した石炭の総数量は三百六十八噸である、なお、本件仮差押債権は昭和三十年(ヨ)第一、一〇一号事件については金四十万円、同年(ヨ)第一、一〇二号事件については金五万八千四百九十六円である。被控訴人は本件取引当時『豊島区堀之内町百二十九番地に本店を有する八木興業株式会社(代表者控訴人)』の存在することを知らず、従つてこれを取引をしたものではない、また、もと北区王子一丁目十九番地に本店を有した八木興業株式会社(代表者は八木定雄であつて取引当時既に解散し、清算終了登記済のもの)と取引をしたものでもない、本件取引当時『控訴人が代表取締役であると称していた北区王子一丁目十九番地に本店を有する八木興業株式会社』と取引をしたものである、その他控訴人の抗弁を否認する。」と陳述し、〈疎明省略〉控訴代理人において、「控訴人はもと豊島区堀之内町百二十九番地に本店を有した八木興業株式会社の代表取締役であるが、同会社は昭和二十九年二月中本店を北区王子一丁目十九番地に移転した。しかして被控訴人主張の取引の当時同会社は被控訴人主張の場所に現存していたものであるから、控訴人は個人としてその取引についての責任を負うべきかぎりでない、仮りに右本社の移転がその登記を欠くため対抗力がなく、従つて民法第百十七条の類推適用があるとしても、被控訴人は右事実を知らなかつたことについて過失があつたものであるから、同条第二項により控訴人にその責任を問うことはできない。仮りに然らずとするも、同会社は昭和三十一年九月十三日北区王子一丁目十九番地に本店を移転した旨の登記手続をなしたので、これにより追認の効力を生じ、本人たる同会社がその責を負うにいたつたものである。」と陳述した〈疎明省略〉外、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は原審と同一の理由により被控訴人の請求を認容するを相当と認めるので、「本件取引の当時『北区王子一丁目十九番地に本店を有する八木興業株式会社(代表者控訴人)』なる会社が登記簿上存在しなかつたことは当事者間に争のないところである。そこで控訴人は、もと『豊島区堀之内町百二十九番地に本店を有する八木興業株式会社』が事実上も登記簿上も存在したところ、同会社は昭和二十九年二月中本店を北区王子一丁目十九番地に移転し、本件取引の当時同会社は同所に存在したものである、と主張するが、本店を移転したことは商法第百八十八条、第六十六条、第十二条の規定によりその登記を経ないかぎりこれを以つて善意の第三者に対抗することはできないのであつて、取引の相手方たる被控訴人が右の点について悪意であつたと認むべきなんらの証拠のない本件においてはその善意は推定せらるべきであるから、控訴人はこれを以つて被控訴人に対抗することはできないものというべく、従つて少くとも被控訴人に対する関係においては北区王子一丁目十九番地に本店を有する八木興業株式会社は存在しなかつたものといわざるをえない。そうすると、控訴人は存在しない会社の代表者として被控訴人との間に法律行為をなしたことに帰着するのであるがこの場合その法律行為の効果の帰属すべき主体が不存在である以上、控訴人の右行為について「代表」なる観念を容るる余地はないのであるから、右の行為はとりもなおさずその行為者たる控訴人その人の行為というのほかなく、従つてその法律効果も控訴人その人に帰属するものといわざるをえない、(尤も控訴人は本件取引は事実上訴外猪腰菊雄が自己の計算においてなしたものであつて、控訴人は単に同人に対して右会社名義及びその代表者名義を使用することを許したものにすぎない、と主張するけれども、仮りに然りとしても、控訴人が右猪腰に対して右会社及びその代表者たる控訴人の名義を以つて取引することを許した以上、同人の行為について自己の行為としてその責に任ずべきは当然である。)次に控訴人は民法第百十七条第二項の規定による被控訴人の過失を主張し、且つ無権代理行為について追認があつた旨主張するけれども、被控訴人に過失があつたことについてはなんらの証拠がないのみならず控訴人が本件においてその責任を負わなければならない根拠は民法第百十七条第一項の規定に基ずく無権代理人の責任ではなく、さきに説示したように本人の行為として責任を負うべき場合であるから、無権代理行為であることを前提としてなす右各抗弁はとうていこれを採用することはできない、よつて控訴人は本件取引についてその責任を負うべきものである。」と附加訂正するほか、原判決理由の記載をここに引用し、これと結論を同じくする原判決は相当であつて本件控訴はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文のとおり判決した。

(裁判官 亀山脩平 脇屋寿夫 古原勇雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例